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島根県益田市の法律事務所。田上法律事務所です。

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市町村長申立てに先立つ親族の調査。


 相談の概要

 市役所で老人福祉法32条,知的障害者福祉法28条,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)51条の11の2に基づく市町村長による成年後見申立ての業務を担当しています。
 私の市の市立の福祉施設に,37歳の男性で知的障がいのある方が入所されています。この方は出生後間もなくご両親が相次いでお亡くなりになり,両親がお亡くなりになると同時に福祉施設に入所され,財産についてはこれまで母方の叔母に当たる方が管理されてきました。しかし,この叔母に当たる方も高齢になり財産管理を辞退したいと市役所に相談に来られ,市役所としては知的障害者福祉法28条に基づき市長による成年後見開始の審判の申立てを予定しています。
 ところが,この男性の方は複雑な家族関係にあり,亡きご両親はいずれも再婚同士で,両親をともにする兄弟姉妹があるほか,異母兄弟姉妹,異父兄弟姉妹があります。ただし,両親をともにする兄弟姉妹はご両親が早くに亡くなったため,幼少のころ県外の遠い親戚と養子縁組しており,福祉施設の職員によれば,過去1回も面会に訪れたことがないそうです。もとより,異母兄弟姉妹,異父兄弟姉妹とは音信不通で,しかも,市役所で入手した戸籍全部事項証明書によれば,どの方も本件の男性の方よりかなり年上です。
 市長申立てを行う前に,成年後見開始の審判の申立てに関するご親族の方の意思はどこまで調査すれば良いでしょうか。  

 ご回答
 
 この男性の4親等内の親族の方から積極的に申立てを自ら行うとの申し出がなければ,2親等内の親族である兄弟姉妹にこの男性の方の成年後見申立てをするかどうか文書で意思を確認し,申立てを行うとの返事がなければそのまま申立てをして構わないと思います。なお,音信不通の異母兄弟姉妹,異父兄弟姉妹に対しては,意思確認を省略してもよいと思います。

 成年後見制度を直接規定しているのは民法で(民法7条〜21条,838条〜876条の10),民法は成年後見開始の審判の申立権者を「本人,配偶者,4親等内の親族,未成年後見人,未成年後見監督人,保佐人,保佐監督人,補助人,補助監督人又は検察官」と(民法7条),保佐開始の審判の申立権者を「本人,配偶者,4親等内の親族,後見人,後見監督人,補助人,補助監督人又は検察官」と(民法11条本文),補助開始の審判の申立権者を「本人,配偶者,4親等内の親族,後見人,後見監督人,保佐人,保佐監督人又は検察官」と規定しています(民法15条1項本文)。他方,老人福祉法32条,知的障害者福祉法28条,精神保健福祉法51条の11の2は,民法を準用する形で市町村長に成年後見開始,保佐開始,補助開始の審判の申立権限を認めており,かつ,「その福祉を図るため特に必要があると認めるとき」という要件を設けています。ここで,「その福祉を図るため特に必要があると認めるとき」とは,本人に配偶者または4親等内の親族がいないか,いても成年後見開始の審判の申立てを期待できず,市町村長が本人のために申立てを行うことが必要な状況にある場合をいうと解釈されています(池田直樹・谷村慎介・佐々木育子「Q&A 高齢者虐待対応の法律と実務」(2007年 学陽書房)150頁〜151頁)。
 厚生労働省は,当初,この「その福祉を図るため特に必要があると認めるとき」の要件の解釈について,市町村長申立ては一般法たる民法に対する特別法上の補助的な制度であるという考え方から,民法7条,11条本文,15条2項本文の「4親等内の親族」との文言に合わせ,「市町村長は高齢者等の4親等の親族の有無を確認した上で市町村申立てを行う」との手続を例示していました(民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する老人福祉法,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律及び知的障害者福祉法の一部改正について(平成12年3月30日付け障障第11号,障精第21号,老計第31号厚生省大臣官房障害保健福祉部障害福祉課長,厚生省大臣官房障害保健福祉部精神保健福祉課長,厚生省老人保健福祉局老人福祉計画課長連盟通知)。
 しかしながら,厚生労働省は,平成17年7月29日,4親等以内の親族の有無確認作業が極めて煩雑であることも要因となって,市町村申立てが十分に活用されていない状況にあったとし,従来の手続きの例示を,「1.市町村申立てに当たっては,市町村長は,あらかじめ2親等以内の親族の有無を確認すること。2.1の結果,2親等以内の親族がいない場合でも,3親等又は4親等の親族であって審判請求をする者の存在が明らかであるときは,市町村長申立ては行わないことが適当であること。」と変更しました(「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律による老人福祉法,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律及び知的障害者福祉法の一部改正について」の一部改正について(平成17年7月29日障障発第0729001号,障精発第0729001号,老計発第0729001号厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課長,社会・援護局障害保健福祉部精神保健福祉課長,老健局計画課長連名通知)。これは,「@市町村申立てに当たっては,あらかじめ2親等以内の親族の意思を確認すれば足りる,Aただし,2親等以内の親族がいない場合でも,3親等又は4親等の親族で申立てをする者の存在が明らな場合には,市町村長申立ては行わない。」(前掲「Q&A 高齢者虐待対応の法律と実務」151頁)ということだと思います。
 他方,大阪家庭裁判所では,「市町村長が申し立てた場合に,申立人にどこまで4親等内の親族の有無及びその協力態度の調査を求めるかということについて,家庭裁判所の側に定めはない。通常家庭裁判所は,本人との関係が深い近親者の調査結果を考慮して審判するので,配偶者,子,親及び兄弟姉妹といった人々を中心に,同居したり生活交渉が多い人の調査を行っている。本人に3,4親等の親族しかいないような場合には,これの調査を行うことがあるが,4親等内の親族ならすべて接触したり協力を打診するということではない。市町村長が申し立てた場合に,家庭裁判所から市町村に近親者等の調査結果を問い合わせることはあるが,申立てに際して家庭裁判所がこれを求めるという取り扱いはしていない。」とのことです(大阪成年後見制度研究会「成年後見制度市町村長申立ての手引き」17頁)。
 そもそも,親族が高齢者等に虐待を加えるケースがないわけではありませんし,親族だからといって法定後見制度に対して十分な知識・理解を有しているとの保障はありません。複数ある親族の意見が成年後見の申立てで一致するとも限りません。このような場合には,親族の意思に反してもでも,高齢者等の保護の必要がある限り申立てを行うべきであると思います。実際,高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(高齢者虐待防止法)9条2項,27条2項,同障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律(障害者虐待防止法)9条3項,同43条2項は,虐待や財産上の不当取引の被害への対応策として市町村長による成年後見,保佐,補助開始の申立てを規定しており,このことからも親族の意向が本人の保護の必要性に優先してまで市町村長申立てを拘束するものではないことは明らかだと思います。

 結局,本件では,2親等内の親族すなわち兄弟姉妹の意思確認だけでよく,異母兄弟姉妹,異父兄弟姉妹については,音信不通で男性の方とのつながりが相当希薄であると思われるので,意思確認をしないで申し立てることも許容されると思います。
弁護士 田上尚志(平成25年03月19日) 

 参考文献


 本文中に引用したもの

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